先日2月12日欧州連合代表部でジャパンバリアフリープロジェクトGo!Go!Embassy! 記念式典を開催させて頂きました。
冒頭、パケ全権大使よりご挨拶をいただき、欧州の現況についてお話しいただきました。
29か国をまとめて「連合」を前に進めていくことがいかに「至難」か、しかし「挑戦」しがいのあるミッションであるということを閣下のお話から感じました。
続いてジャパンバリアフリープロジェクトの活動報告。
そしてパシフィコ横浜(株式会社横浜国際平和会議場)代表取締役、林琢己氏によるプレゼンテーション。
1983年に開発がスタートした「みなとみらい」
その未来都市を牽引してきたのが年間500万人に届かんとする来場者数を誇るパシフィコ横浜です。
「みなとみらい」がバリアフリーを想定して作られた街であるということもあり、パシフィコ横浜も創業以来「ご来場いただいたすべてのお客様にご満足をしてお帰りいただく」ためにはどうしたらいいのかを徹底して考えてきました。
林社長にはパシフィコ横浜が行っているバリアフリーの施作についてお話しして頂きました。
そして本日の主役、関本詠翔さんと黒野小春さんのスピーチです。
関本詠翔さんは若年性ヒアリン線維腫症を持って生まれました。
日本にいる患者数は7人、世界でも50人という珍しい疾患です。
特徴は身体中にヒアリンという腫瘍ができることです。
特に背中、関節によくできます。
14歳の詠翔さん、2歳で最初の手術を受けてから現在までに「33回」の手術を受けてきました。
年間3回弱の手術を受け続けてきたことになります。
これからも受けます。
詠翔さんはいいます。
「家族の明るさ、友達の優しさお陰で、自分も明るく前向きになれた」
そして詠翔さんはスピーチを次の言葉で締め括られました。
「私が毎日を、前向きに楽しく、希望をもって生きていくことで家族に幸せな気持ちと、 障害者だけでなくほかの人たちが前向きに生きていけるように頑張りたいと思います。」
続いて黒野小春さんのスピーチ。
現在高校2年生、17歳の小春さんは生まれながらに歩くことができず車椅子で生活しています。
彼女は将来の夢は手話通訳士になることです。
小春さんはいいます。
「私は生まれてからたくさんの人たちに寄り添ってもらい、助けてもらってきました。車椅子のままでも参加や移動しやすいように協力してくれる人が私に周りにはたくさんい ます。 私が一人でできないことを、どんな助けがあればできるようになる のか、一緒に考えてくれる家族や友達、学校の先生がいます。
自分が助けてもらっているように、車椅子に乗っている私でも誰か の助けになりたいといつも思います。 私が災害時は車椅子でどうやって避難したらいいのか、を不安に思うように 耳の聞こえない人たちが生活の様々な場面で 不安や不便を感じていることを知りました。将来彼らの助けになりたいと思います」
私だけでなくご参加者の多くがお二人のスピーチから励ましと勇気をもらったと思います。
お二人のスピーチの終了後、コーヒーブレイク。
お茶、コーヒー、甘いものを食べながら、パケ大使はじめ皆さんと楽しく懇談させて頂きました。
最後にEUに関するプレゼンテーションさらにEUクイズを行い記念式典を終了させて頂きました。
ご出席いただいたゲストの関本詠将さんとお母さんの英子さん、黒野小春さんとお父さんの源太さん、そしてパシフィコ横浜の林琢己社長、有り難うございました。
ご招待いただきましたパケ全権大使はじめ大使館員の皆様、本当に暖かくお迎えいただきまして有り難うございました。









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